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おれのアイドリング!!!部-002

 08, 2008 23:11
 昨日、ぼくにしては辛辣なことを書いたが、今日の放送は落ち着いて見られたし、内容も『アイドリング!!!』らしいものでほっとした。
 オープニングやCMやら、その他、細かな音が違うのも、いずれは慣れるのだろう。そして、二期メンバーたちにも。

 それにしても、小泉が怖い、という二期メンバーの気持ちはよくわかる。あの、江渡ちゃんに対するメイク途中での挨拶、やけにリアルな感じだった。一切、江渡ちゃんと目を合わせないところとか、やっぱり小泉って自分以外に興味がないんだなって。いや、小泉批判じゃなくて、いい意味で、ですよ(笑)。

 二期メンバーで、異常なテンションだった長野は、今日はおとなしかった。あの態度には賛否あるだろうけど、今までいなかったタイプであることは事実だ。ぼくとしては、一応、静観してみたい(笑)。
 今のところ、一番気になるのは朝日かな。

 18人でやってほしい企画は「着衣水泳対決」です(笑)。
 正直、期待していたほどではなかったけど、斬新な試みは成功していたと思う。
 酔う、と言われていたので覚悟していたのだが、画面が揺れているときは視線を画面の中心から逸らしたりしていたら大丈夫だった。
 小説で言う完全な一人称視点の手法は、だれでも扱えるビデオカメラという機械の普及の割に、映画では使われていない。発想そのものがないのか、そもそもが映画には不向きな手法なのかはわからないけど、パニック映画にこれを使うというのはけっこうオーソドックス的な気がするけど、まだだれもやっていなかったようだ。
 これだとカメラ視点のキャラクターが見聞きしたこと以上の設定やら事件の推移は描かなくていいのだから、そういう意味では雑な脚本でも通用する。『クローバーフィールド』がそうだとは言わないが、今後、この手のものが出てくる可能性はあるだろう。これを見て「消化不良」とか言うのはまちがっていて、そもそも一市民にあれだけの事件の概要を全部知ることは不可能だ。事件の設定を明らかにするためには軍や政治家の視点から描かねばならず、そんなものは面白くもなんともない。この映画で描きたかったのはパニックそのものであって、やはり、説明不足と言われても、これはこれでよかったのだと思う。

 で、内容なんだけど、ストーリーはあってないようなもの(わ、ダジャレになってしまった…)で、要はパニックと怪獣を描きたかっただけの映画なのだ。
 けれども、もっともインパクトがあったのは予告でも流れている自由の女神の首が飛んでくるシーンで、本編ではそれを超えられなかったのはどうにも辛い。
 怪獣のデザインも正直イマイチで、ラストに接近して見せてしまうのももったいない、と思った。ああいう描き方なら、最後まで全身ははっきり出さなくてもよかったのに。これは日本の一部のダメな怪獣映画にも言えることで、とにかく怪獣をはっきり見せすぎ。怪獣は恐怖の象徴なのだから、終始、体の一部しか見えないとか遠景ならシルエットにするとかしないとダメでしょう。『クローバーフィールド』は、この点をけっこううまく描いていたのに、最後の最後で残念なことをしてしまった。

 とかなんとか書いたけど、この映画は日本の怪獣映画に対するオマージュが溢れていて、きちんとした怪獣映画好きなら充分楽しめるはずだ。
 エンディングの曲調でもわかるように、まずは『ゴジラ』を意識しているし、なにより嬉しいのは『ガメラ2』のレギオンが再現されていることだ。ソルジャーレギオンみたいなのが出てきたときに「もしや」と思ったら、地下鉄線路で襲われるシーンまであった。これは完全にレギオンだろう。それにしても、『ジュラシックパーク』しかり『GODZILLA』しかり『宇宙戦争』とかり、ハリウッドは巨大な怪物(的なもの)と、等身大の怪物(的なもの)をセットで出す傾向があるよね。日本は巨大怪獣のみ、というパターンが多い。なんでだろう? 考えるの面倒臭いのでやめるけど。

 ぼくが見たい、とコミュまで作っている山崎貴監督の『ゴジラ』が作られるとしたら、一人称視点という意味ではなく、パニックの中心にいる一市民という視点を徹底してほしい。
 『クローバーフィールド』を見て、その思いはより強くなった。東宝の上層部の方々、ぜひ山崎監督に『ゴジラ』を撮らせてあげてください。そして、またハリウッドを驚かせてください。

 …って、最後は『クローバーフィールド』関係ないじゃん(笑)。

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